特攻隊の遺書

お母さん 私が死んでも淋しがらないでください

お母さんたちの写真をしっかり胸にきざんで

お母さんがきっと見ているに違いない

祈っているに違いないのですから

安心して突入します

一足先に天国に参ります

お母さん祈って下さい

お母さんは時おり涙を流すようですが

私は決してお母さんの考えているような可愛そうな

子どもではありませんでした

私は日本一の幸福者であったと信じています

私の身は再びお母さんの身には帰らなくとも

いつ迄もお母さんの心の中に生きています

私にとっては日本一のお母さんでした

特攻隊最後の言葉から

1945年6月24日 冥年23歳 
鹿児島県 知覧から飛び立ちました

あなたが同じ立場だったら あなたがおかあさんの立場だったら

当時第2次世界大戦はすでに負の状況下 
わずか2ケ月以内で終戦となったのです。

いろいろ考えさせられますね。

今日の日も平和な心で灼熱の太陽に負けず平和な一日となりますよう

「心とことばの研究所 湘南話し方センター」
興味のある方は、ぜひ一度体験にいらしてください。
【リアル教室】
平塚土曜教室
【オンライン教室/個人相談/個人レッスン】
随時承ります


統計学全般、運勢、本質、相性、姓名判断などに興味のある方も
「姓命学研究所」としての活動も行なっていますので
お気軽にお問合せください。

メールでのお問合せはこちらから
電話でのお問合せは
電話 0463-58-8740
今日の日が昨日よりもっと輝く日となりますよう

湘南話し方センター
所長 松永洋忠

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次