どこもかしこも真紅の炎、夢ではなかった。
トタン屋根をゆすぶる突風のうなりの中に、
ドカドカと大地をふるわせる不気味な怪音と天地をふるわせる不気味な怪音と炸裂音が、
ひっきりなしにひびき、枕もとの非常袋その他をとっさにつかんで、玄関先に飛び出せば、視界は赤一色。
首を一回転させてみた。
どこもかしこも、ごうごうと真紅の炎が闇空を焦がし、耳をつんざくような爆発音が断続的にひびく。
とたんに、頭上の空気が鋭く裂けた。
ヒュルヒュルと鼓膜を震わせて、ゴ~と迫ってくるのは、至近弾だ。
爆弾か焼夷弾か。
空襲警報もならないうちに、一体どうなったのか。
ほんの一眠りしている間に火は地の底からふき出してきたように、私たちを包囲してしまった。
北風はこれみよがしに荒れ狂い、ごみ箱の蓋は木の葉みたいに舞い上がり、電線はムチのようにしなり、
空に吸い込まれる炎は巨大な何本もの赤旗の幟のように、ひるがえって鳴っている。
「勝元、何グズグズしてるの、早く!」
2階からかけおりてきた母が叫んだ。
とっさに我に返った私は、
「か、かあちゃん!おれの防空頭巾は?」
「かぶっているんじゃないか。さ、荷物を早く早く!」
「え?」
「に、逃げるんだよ」
この作品は作家でつい先日5月10日90歳で天寿を全うされた早乙女勝元(さおとめかつもと)さんの一部です。
12歳の時の東京大空襲のでの体験を見事に比喩を使って表現されていることから紹介をさせて頂きました。
カメラの一眼レフでとらえたカラ―写真のように見事に表現されていますね。
「ことばで絵を書くとは!」
正にこのような表現です。
今日の日が昨日よりもっと良き日となりますよう
湘南話し方センター
所長 松永洋忠