テクニックに走らず、木鶏のように無心になれば、、、、、。
木鶏とは木で作ったニワトリのこと。
その木鶏のようにテクニックも忘れて無心で事に当たれという教訓です。
無心とは真心の別名で、真心をもって人に接する時、思わぬ力が発揮されるものです。
東京浅草署刑務課看守係りの太田利一巡査に一通の手紙が届いた。
たどりゆく道の茨の痛みをも、人の情けにしばし忘れつ、、、、。という歌で始まり、
「在監中は私のようなものに、ひとかたならぬ情をかけていただきありがとうございました。
移監前夜の励ましの言葉は、今でも私の心の支えになっております。
(中略)出所後は、どんなに貧しくとも親子で一緒に暮します」
『父よとも母とも呼べぬ吾子いとし今宵ひとりで何を夢見る』
彼は堀米と呼ばれた37歳の刺青師である。
覚醒剤取締法違反の現行犯で逮捕されたのだが、
恐喝、詐欺など前科5犯、この15年間に8年の刑務所暮し。
結婚して二人の子ができたが、定職のない彼に愛想をつかして、妻は男の子だけを連れて家出してしまった。
残された3歳の女の子は右手が不自由な障害児である。
この堀米の担当者が太田巡査であった。
普段は無口で、特に言葉をかけるわけでもないが、
小菅の東京拘置所に移監される前夜、堀米が雑居房で一人で身の回り品を整理しているのを見た太田巡査は
中に入ると静かに話しかけた。
「娘さんは3つか~可愛い盛りだろうな。不自由な体というのに、両親と別れて施設に入っているんだって?
オレも実は女の子がいるんだ。娘さんはお父さんの顔覚えているかなあ~」
その言葉に堀米の目はみる間にうるんでいった。
それを見て太田巡査は言葉を続けた。
「もうすぐ40歳じゃないか。娘さんのためにも将来を考え直してみたら」
耐えられなくなった堀米は、太田巡査の腕を握り、子供のように泣きじゃくった。
太田巡査は我が子と比べて堀米の子がいかにも哀れに思えた。
堀米よお前の子どものためにも、何とか目覚めてくれないか、頼むから目覚めてくれよ!
そんな願いこめたのが、堀米の心に届いたのだろうか。
その日から堀米は変わったのである。
真心こそが人の心をとらえたのである。
あなたも人を説得させたい時、
真心こめた言葉で話していますか?
真心とは・・・・。
今日の日が昨日よりも良き日でありますように
湘南話し方センター
所長 松永洋忠